I'm tryin' to get over you … 無理!


この夏の過激な暑さはSpiral熱だったのか。

オーラス終了後、急に秋が迫ってきた気がする。


いよいよ梅芸『SHOCK』と『陰陽師』の9月だ!

しかし、まだ胸に渦を巻く夏のSpiralな思い出…


『Spiral』コンのレポや感想を送ってくれたみんな、本当にありがとう!
拍手コメントで熱烈レポを読ませてくれた人も、ありがとう!

やっぱりさ、喜びを共有する以上の幸せはないね。
自分一人の喜びは、それはそれで強烈な快感だけど、どこか切ない。
みんなが同じように感じていたんだと知る、それもファンの醍醐味。


僕が参加できた福岡コンは、博多座奥様・お嬢様メインで暴言への免疫がない(ほんとかぁ)と光一は思ったようで、優しい言葉が多かった気がするな〜。

‘’2時間半だけの彼女‘’発言を「みんなが喜んでくれたから」と、言うはずのないド本音をつい口にしてアセってた。あはは

なんだあの可愛いお兄ちゃん(笑)

みんなが喜んでくれるってことだけを考えてるくせに。
観客を喜ばせるために、自分は死にそうになってるくせに。

ソロは勝手気ままに、と言いながら、ファンにあそこまで捧げ尽くすパフォーマー。

とことん誠実なんだよね、ファンにも自分にも。


ひとつ気になったのは、開始前とアンコールの手拍子(?)

「こうちゃん、パンパン!」コールが非常に曖昧なものになり…「こうちゃん」が消えたカタチの微妙なコールが。

う〜ん、なんかツラかったぞ。

ソロコンのシャープで神秘的な世界観に誘われる前に「こうちゃん、パンパン!」は…僕は似合わない気がするので、開始前コールは無くてもいいんじゃないかと思ってる。

でも光一は「急かされてる感じが苦手」というニュアンスで言っただけじゃなかったか?
「こうちゃん」を止めてくれ、とは言ってない気がする。

だから、本当は何か最適なコトバがないかな〜とは思うけど、アンコール時は「こうちゃん、パンパン!」を全力の大音量で熱く熱くコールするのがベターじゃないかと。

そしてさ、これは揃うことが肝心。

会場が一体となってコールすれば、必ず揃っていく。

福岡でも、ダブルアンコールのコールはみんなの気持ちが「ありがとう!」という思いでひとつになり、途中からキレイに揃って聴こえた。
再度のアンコールは叶わなかったけれど、ファンはファンの心を示し切って悔いなし!だったと思う。


ファンの配慮も、行き過ぎると奇妙なものになりかねない。

こうちゃんなんだからこうちゃんて呼ぶ!
だってこうちゃんだもん!!
でいいんじゃね?(笑)

本当にさ、光一王子で時に王様、あるいは皇帝陛下な兄さん…いや兄上だけどさ、「こうちゃん」としか呼べない部分を確かに持ってる人だもんな。

若い頃より「こうちゃん」だよね、最近ますます(笑)


誰かが決定版のコールを発明するまで(笑)は、「こうちゃん、パンパン!」を、ちんたらじゃなく(ここ大事)全力コールしようじゃないか!と呼びかけたい僕なのである。

オッサン声が混じってても、気にしないでくれ!(笑)


福岡コンで一番胸に残った言葉は、『僕はみんなの心の中の、永遠のアイドルでいたい』と言ってくれたこと。

唯一無二の舞台人で、才能溢れる音楽人で、演出家としても高い評価を受けている人が、アーティストでも芸術家でもなく、アイドルでいたいと。

光一が言うアイドルと、世間一般が思うアイドルの落差に、僕は光一の魂を感じる。

『この仕事に誇りを持っている』とも言っていた。

アイドルを馬鹿にした意味で使う人もいる。だが、光一は自分のやってきた、やっている仕事に誇りと自信があるゆえに、アイドルという言葉を最善の意味で用いている。

アイドルとは、至高の存在なのだ。
我が魂の、永遠の憧れ。遠い空の彼方で輝き続ける星。
その星がこの胸の湖に映って、愛しく切ない宝物となる。


光一がアイルトン・セナを胸に抱くような思いで、僕も光一に対して「僕のアイドル」と思っていいんだな、と。

これまでは、尊敬すべき兄さんでも人生の師匠でも、何と呼ぶかはこっちに任されていたけれど、これからは誇りをもって「僕のアイドル」と呼べるのだ。


光一、素敵な言葉をありがとう。

僕のアイドルと呼ぶことを許してくれてありがとう。



名古屋でのオーラスは、壮絶なものになったんだね…。


はからずも目撃者となり、ともに闘い、やり遂げた参加者のみんな。
情報だけを頼りに、祈る思いで支え続けた留守番組のみんな。

どっちも苦しかったよね。

ただ、参加者には、光一の姿を見守った高揚感と感動がある。
何もできない焦燥感と心配ばかりだった留守番組は、気持ちを昇華させる術がないまま、もうSHOCKに向かわざるを得ない……鬱屈した気分になっても不思議じゃない。

こればかりは「運!」(笑)


ガイシよ、空調難ありのガイシホールよ。(ごめんな)
君はその欠陥ゆえに、堂本光一の最極を引き出し、我々に見せてくれた。

光一は何もなくても最高、何かがあっても最高だってことを。

倒れそうになりながら、決して諦めず嘆かず自分を鼓舞して。
最後まで、ダブルアンコールをやり切るまで、すべてを尽くし切ってくれた。

ファンのために。
自分達のパフォーマンスのために。
二度と巡り来ない、この一瞬のために。


現場にいた光一ファンは言う。
熱中症のような状態だったけれど、フラフラで終始したわけじゃない、パフォーマンス自体は最高だったのだと。

Spiralコン大変だったね〜ではなく、最高に素晴らしいコンサートだったんだよ!そこだけは強調しておきたい、と。

拍手コメントでレポしてくれたオーラス参加の人も、楽しかった!と書いていた。


ハラハラして心配して、泣きながらペンライトを振って声援を送りながら、でも楽しかった!と思わせるのが光一だ。

心配させて申し訳ないと思いながら、会場全体を抱きしめて包んでいるのが光一だ。


自分のために必死になっている客席の姿を見ながら(見てません!なんて大嘘だよ、登場した瞬間から客席に細心の注意を払っている光一だ、ただ不公平が嫌いで、あんな言い方になる)、どんな気持ちだったことだろう。


あたたかいファン。
みんなが、今を生きてる。
光一のステージを無事に終わらせようと懸命になって。

どれほど美しい光景だったことか。


参加者のみんなとガイシホールが羨ましくてしょうがない(笑)



さあ、もう9月だ。

みんな知ってるかな?
今年は、『国際光年』(こくさいひかりねん)なんだよ。

ま、詳細はともかく、メインイベントは『Spiralツアー』だった!と勝手に叫んでおこう。


光年を象徴する、最高のステージだった。


光一、本当に本当にありがとう!!


さあ、僕らも次へ!!


SMGOという月光


おお、これぞ月光浴!(笑)


堂本光一から降り注ぐ光ほど、すべてを浄化してくれるものはない。

なぜか?

自分以外の人を見つめて、その人たちをどう思ったか、その人たちの素晴らしさと、その人たちへの感謝と信頼だけを語っているから。

自分を飾る言葉がない。
自分を守る言葉がない。

ただ、周囲の人への誠実な思いだけ。


座長として、自分がいかに苦悩したか、眠れない夜を過ごしたかは、一言も語らない。
屋良っちが眠れぬ夜を過ごしたことは教えてくれても。


スタッフが、観客が、救助に懸命だった出演者が、できる限り舞台を務め続けた屋良や宮澤が、怪我をしたメンバーが、先輩や後輩が、電話をくれた仲間が……みんなが素晴らしかったこと、ありがたかったことだけを語っている。


僕は堂本光一をこよなく尊敬しているけれども、彼の凄さを表現する言葉を持たない。

よくまあ、こんな人に巡り会えたな、エライぞ自分!としか言いようがない。


もうね、知ってたよ、本当に凄い座長だと知ってたよ。でも、僕なんかの思う以上の人なんだよね、ほんとに。

こんなに変わらなくて、こんなに信頼できる人、滅多にいないよ。

今回の出来事で、改めて見えた、光一という人格の深さ。

事故そのものは、誰より重く受け止めているだろう。
美談になんかできるわけもない、あの厳しい完璧主義者が。

徹底して反省し、舞台の責任者としての自分を追い込んでいるに違いない。

その自身への厳しさを推察できるから余計に、人への眼差しに涙がこみ上げる。



月光があまりにも清らかで澄み切っていて、それを受ける身体が痛いほどだ。

闇を越えて、キラキラと静かに沁み入り、強張った心を包んでくれる。

自らは厳しく冷たい暗闇にいて、ただその光を遠く遠く届けて。

安心していいよ、と。
笑っていいよ、と。

なんと力強い光か。
なんと優しい光か。

この光に手を伸ばさずにいられない。
この光を求めずにいられない。



起きてはならなかった事故ではあるけれど、結果として、またひとつ堂本光一の素晴らしさを知ることができた。

光一が築いたカンパニーの素晴らしさを感じることができた。


今宵、全光一ファンが叫んだに違いない言葉を、僕も今、出張先のホテル(笑)で叫ぶ。

ああ、この人のファンで良かった!!

この人のファンで自分は幸せだ!!!


涙をぬぐい明日を見つめる眼差し


再開された舞台は順調とのこと。

LEDパネルが減っても、人数が少なくても、Endless SHOCK という作品にみなぎる「人のパワー」「魂の充実」が、不足を感じさせない。


いくつか報道された映像を見て、堂本光一が築き上げた15年の実績が、そして何よりも光一自身の舞台にかける真摯さが、次元の低い批判を許さないんだと痛感した。


継続は力なり、まさに。15年の継続は確かな力を作品にもたらしていた。
一人二人と観劇したことのあるレポーターや司会者が増え、「凄い舞台である」との確定した評価があったからこそ、事故に負けずに再開を果たすことができた。

2年目や3年目だったら、負けていたかもしれない。
再開を目指すより、新たな仕切り直しに動いたかもしれない。

15年…この輝く実績があればこそ、このような試練にも負けない演目となった。


なんと堂々たる、立派な座長だろうか。

あんなに謙虚で誠実な、何の言い訳も責任転嫁もない挨拶を、テレビ画面で聴いたのは、僕は初めてだ。

謝罪の言葉は当然としても、いたずらに嘆いたり怖れることはなく。

強く感じたのは、誇り高さ。
守るべきものがある人間の、誇り高さだ。

全力で、一番苦しい立場のスタッフを守ろうとしていた。
「Endless SHOCKの、俺のスタッフに傷をつけさせてなるものか」という覚悟が、全身から立ち昇っていた。


当日、すべての機構を再確認したことだろう。
パネルの使用はできないが、それ以外は何の問題もない、とスタッフは確信をもって答えたに違いない。

何の不安もない、と互いに思える信頼感。
決して揺るがぬ信頼のもと、再開は決断された。


それでも、事故は起こってしまう場合がある。
「肯定しない」とは、決して事故を許さない、認めない、という座長の決意。

仕方なかった、不慮のアクシデントだった、と言い訳しない。
これからの舞台で、二度と事故は許さないという決意。


誰かのせいにするのではなく、なぜパネルが倒れたかを検証し、原因を取り除いて、その上で光一が必要と考えるならば、また新たな形でパネルの使用もあり得るだろう。

想像しただけでも、裏方スタッフの労力はいかばかりかと…。
彼らの苦労、尽力を誰より知っている座長だからこそ、あんなにもスタッフに感謝し讃えることを忘れない。


本物の座長が率いるカンパニーに、試練はあっても挫折はない。


何かが、これからの SHOCK に必要だから、この事故が起きたのだと僕は信じている。
意味のないことは、この世にはないから。


人が行うことの確かさと危うさ。
人だから確かで信頼できる。
人だから不確かで時に間違う。

その境目を僕らは生きているが、光一座長は、「人だから信じられる」方に軸足を置いている人間だ。

そういう人だからこそ、僕は彼を尊敬してやまないのだ。


そして、信じたなら、その責任は自分に。

誰でもない自分が責任を負うと決めている人間ほど、強い存在があるだろうか。


凛々しくも、疲れ切って、悔しさと仲間への思いのどん底で、それでも観客の心配を感じ取り「肩の力を抜いて」と言う座長。

無理して頑張った後輩を、笑わせながら褒める座長。

言葉の無力さを知りながら、何とか伝えたいと、心と言葉を重ねる座長。


この座長でなかったら、もっと大事故になっていたのではないか…と、僕は心の奥で思っている。

そして、光一でなかったら、この事態に負けていたかもしれないと。



いつでも前を向く光一とカンパニーだから、取り残されたように感じる人がいても当然だと思う。


特に19日昼公演を、途中で終わりにされてしまった観客。
そして、19日夜公演をまったく観られなかった観客。

事故の目撃者となった人は、もしかしたらトラウマを抱えるかもしれない。
寸断された観劇の記憶は、重いかもしれない。

不測の事態に遭遇すると、色んな意味で辛くなるから…あまり悲しまないで、記憶を解放してほしいと願う。


19日夜の観劇ができず、払い戻しの措置となって、それが辛い人も多いだろう。

僕自身、もし申し込みが当選していたら、あの夜の観客だった。

その日一度限りの予定だったら、諦めがつかないよね。
遠征だったら、経済的にも大変なことだ。

ソロコンで福岡や神戸など、何度か中止になったり、雪で飛行機が飛ばない、新幹線が動かないこともあった。

運なのか何なのか、自分が当事者になってしまうことは誰にもあり得る。

僕は振り替えになった福岡コンには参加できなかった経験があるので、返金と振替公演、どちらがいいとは言えない。

観たかった人は、本当に辛いと思う。


ただ、そのことを今はあえて言えない座長の気持ちも、どうか察してあげてほしい。


休止となったことを詫びるほどに、誰かが苦しい思いをしてしまう。
観客としてその場にいる人にも重い空気を与えてしまう。


自分がどう思われるかではなく、舞台とスタッフと観客(の気持ち)を守ろうとする時、出せる言葉と出せない言葉があることを、少しでも察する一人でいたいと思うのだ。



ひとつの事故が、多くの人を傷つけた。

それが分かるから、座長もカンパニーも、全力を振り絞って公演に臨んでいる。


傷ついた人は、その気持ちを素直にぶつけていい、でも座長とカンパニーを好きなら、やがて静かに思いをおさめてほしいと願う。


ありとあらゆる理不尽と闘い続けてきた、今も闘い続けている光一を思って。少し時間がかかっても。



千穐楽まであと少し。

僕はもう観劇はできないけど、みんなで応援のパワーを届けよう!



あ、言い忘れてた!

沢山のコメントをありがとう。

事故当日、再開公演などのレポに感謝。
複雑な気持ちを書いてくれたことに感謝。

いつでも、何があっても光一を応援するみんなに感謝。

光一ファンのみんなに感謝!!



言葉にはならないけど


夜のニュースでやっと詳細を確認。

とりあえず、とりあえず、「重傷者」という言葉は消え、帝劇からの発表も「負傷した全員が本日中に帰宅した」とのこと。

何と言ったらいいのか…。

重傷という表現にはならなくても、ダンサーにとって骨折というのは大変な事態に違いなく。

それでも、とにかく生命に関わることは無いとの報には、本当に感謝したい。


光一座長の心境を思うと、自分には想像もつかない…。


実は今夜の公演、申し込みをして取れなかった公演だった。
もし取れていたら、あの帝劇前に集まっていた1人だったろう…。

日本中、また海外からも、今日の公演を楽しみに集ってきた観客を思うと、胸が痛む。
明日以降への不安も含め、本当にみんな大丈夫だろうか?

どうか、心をやすめてほしい…としか言いようがない。


僕らにできることは何もないが、座長とカンパニーに思いを送ることは、僕らにしかできない。

あの素晴らしいカンパニーの無事を祈ることは、ファンである僕らにしかできない。


このような事態が起こると、ネット上には心無い書き込みも増える。

そんなものを目にしたら、益々苦しみ、痛みに襲われるので、情報は確実なところからだけ受け取ることにして、みんなは自分を守ることも忘れないでほしい。


堂本光一とスタッフが、原因究明と再発防止に全力を尽くすに違いないのだから、全面的に信頼して、僕らは祈りながら待つしかない。


それにしても、舞台は生き物だと改めて実感した。
速い転換のために、スタッフも大変な苦労をしていること、すべてが無事に運営されてきたこと自体が奇跡の連続であって、無事故が当たり前の公演など一回たりともないのだ。



ともかく今夜は、負傷された方々の無事を願い、座長と関係者すべてが少しでも眠れることを祈ろう。


明日から、どんな事態になっても、堂本光一ファンとして、Endless SHOCK のファンとして、恥ずかしくない対応をしよう。



ここを覗いてくれた人、今、気持ちが波立ってる?大丈夫かな…。

あまり心配し過ぎないでね。


光一座長に、みんなの祈りが届くよう!







4年目の思い


3月11日に、毎年帝劇から届くメッセージを受け止める。

今年も、言葉を飾らないあの座長は、舞台に立てる感謝と、一所懸命にやるだけ、としか言わないだろうけど。


4年前。奇跡としか言いようのない、幕間の出来事だった。

その後のすべては今も胸に痛いけれど、生き残った者、直接の被害を受けなかった者として、被災者・被災地へできる限りのことをしよう、と仲間たちと誓い合ってきた。

自分にできる限りを尽くして、人々に何かが届くようにと全身全霊で舞台を務める人と同じように。
あの思いの、万分の一でも見習いたいと。


募金とボランティアくらいしかできない自分たち。
それしかできないなら、それを全力でやろう。

大学関係者を中心に作ったボランティア組織を仲間と共に運営し、4年が過ぎた。

瓦礫撤去から家庭生活の支援、精神的なケア、身体ケアとしてのマッサージ…などなど、しかし、現状には行き詰まり感、やり尽くした感がある。

もうボランティアが求められる時期は過ぎたのか、まだまだ立ち直れない人もいるだろうに。

今日も、これからの支援のあり方について検討していた。

継続が一番難しく、一番大切だと。

この日に帝劇に立つ人を思い、自らのやるべきことを思い、明日からをまた始めよう。

そういう一日を与えて貰えたことに、深い意味を感じながら。


また別の観点から思うのは、同じこの4年間、個人的に過酷な試練を受けた人は、日本中世界中に無数にいたに違いない、ということ。

巨大な災害には、それなりの支援があり、同じ境遇の仲間がいると思えるけれど、個人的な試練は、たった一人で受け止め、誰も分かってくれないことも多いのではないだろうか。


大災害とはまた次元が違うけれど、大事な人を亡くしたり、大事な何かを失ったりするのは、誰にでも起こり得ること。

たった一人で悲しみに耐えている人が、必ず近くにいるはずだと思う。

支援を受けるどころか、そんな悲しい目に遭ったことさえ、誰にも気付かれず。


注目される大災害も、一人の身に起きた出来事も、人間一人が抱える辛さは同じ。

災害支援という大きなくくり以上に、その人が持つ悲しみや苦しさに寄り添いたい。

何もできないと分かりつつ、人としてただ側にいたい。


僕らがやれるボランティアなんて微々たるものでしかないが、一人対一人の心を大切に、どんな被災者の方にも寄り添っていけるよう、僕ら自身を鍛え、磨いていこうよ、と。それを仲間と確認し合った。


まだまだ、復興の道のりは遠い。

だからこそ、僕らにもできることはあるはず。

政治家の尻をつつくこと(笑)も有権者としてやりながら、自分自身の責任を果たすことを忘れまい。


そんな思いを新たにした、4年目の3月11日だった。



プロフィール

kaito

Author:kaito
日本が誇るべきエンタメ界の宝・堂本光一の表現を楽しみ、仕事人として尊敬し、その人柄を愛するkaitoと申します。
社会人として人間として、目標となる堂本光一の背中を見つめながら自分も成長したいと願う男子のブログです。

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