スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

天使と堕天使


2015 Endless SHOCK 帝劇公演も、残すところわずかとなった。

千穐楽の幕が降りる前に、コウイチは堕天使なのか?という問題(笑)について考えておきたいと思う。

これは、演劇評論家・中村義裕氏が、今年のSHOCK劇評に書いておられた言葉だ。

氏は、宙を舞うコウイチ(堂本光一)を、『堕天使が舞うようにフライングをする彼』と表現している。


僕は、この一節を拝した時、ああ、やっとこの言葉を言ってくれた!と思ったのだ。

今まで、なんとな〜く思っていたことを、中村氏の言葉を受けて、僕も言ってもいいのかな、と。

その思いを書いてみる。


堂本光一は、僕らにとって、天使である。←ファン以外の人はスルーよろしく


故・森光子さんが仰ったごとく、我々に夢を見せ、与えてくれるという意味で、天使なのである。



しかし、日本演劇史上の個人記録を持っているベストスリーの方々が、「光」子、「光」一、「こう」しろう(幸四郎)、「こう」いち、と名前に共通点があり、そして全員B型ってのには、何度でも驚くよなぁ(笑)



ま、そういう運命の星の光(笑)を背負って生まれた天使なんだろう…と、ファンにとっては何の疑問もなく「天使」なのである、堂本光一という存在は。


ということを踏まえた上で、さて「堕天使」である。


中村氏は何故「天使のように舞う」と言わず「堕天使のように」と表現したか。

氏の中に、『CONTINUE』の歌詞が刻まれていたからではないかと僕には思える。


Endless SHOCK のメインテーマである『CONTINUE』は、天空という美しく満たされた世界から堕ちて、あえて地上に生きることを選んだ者=堕天使=人間の魂を歌っている。


大空が美しいのは、醜さや汚れにまみれた大地があるから。
この地上から見上げた時、かつてそこにいたからこそ、その美しさが眩しいほどに胸に迫る。

理想や希望が天上の世界にあると知っているからこそ、それ(星)を掴みたいと願う。

コウイチはあえて地上に生きると決めた。
この、苦しみや悲しみに満ちた世界に生きると。

白い羽を失い、堕天使となって大地に降りてきた。
満たされた世界に安住するより、満たされた世界を目指す生き方を選んだ。

素晴らしい世界があることを証明するために、その世界へ至る道を示すために、天使は堕天使となったのだ。


コウイチは、下界である人間の世界で、何か価値あるもの、尊いもの、自分が生きている意味を掴もうとした。

その過程で、人間らしい間違いを犯し、傷つけ傷つけられた。

だが、人間の最も素晴らしい力=信じ合う心を得て、本当の意味で「星」を手にして、還るべきところへ還って行った。


『CONTINUE』の歌詞を素直に読めば、僕には、Endless SHOCK は、地上を選んだ堕天使が、もがいて苦しんで、やがて使命を果たし天に還って行った物語に思える。


堕天使が示した、美しいものを地上に現出させる力……それは、人の世がある限り続く(CONTINUE)と。



今回、SHOCKに起きた事故への対応を見ていて、光一の根っこにある最も大きな力は「信頼」なんだな、と思った。

人を信じる力が半端ない。

自分を信じる力も半端ない。

やるべきことをやり切ってきた自信が、そして人の姿勢をきちんと見てきた眼差しが、光一を揺るぎない座長として確立させているのだと思う。


人間の世界を信じられるから、仲間と歩くことができる。

天上の世界を信じられるから、身を削るほどの努力ができる。


コウイチとは何者なのか、を探しながら、堂本光一とは何者なのか、に思いは至る。


今の僕は、「堂本光一とは信じる人」 だと言いたい。

人を信じ、仲間を信じ、この人間界を信じようとしている人だと。

その光一の魂が Endless SHOCK を作り上げているから、こんなにも力を持つ作品になっているのだと。


ライバル役は、とんでもない裏切りをしてしまうけれども、コウイチは決してそれを責めない。

人間が色んなあやまちをしてしまうのは当然だ、それより、大事なのは進むことだ、続けることだ、というメッセージ。


事故を通して見えた、光一の座長としての覚悟は、まさに Endless SHOCK が送り続けてきたメッセージそのものだった。



堕天使を演ずる天使、堂本光一。←だからファン以外はスルーしてくれ(笑)


あと3公演。


コウイチが脱ぎ捨てた白い羽が、最後には桜の花びらとなってコウイチに還ってくる様を、観られる人は目に焼き付けてくれ、と祈る。








スポンサーサイト

SMGOという月光


おお、これぞ月光浴!(笑)


堂本光一から降り注ぐ光ほど、すべてを浄化してくれるものはない。

なぜか?

自分以外の人を見つめて、その人たちをどう思ったか、その人たちの素晴らしさと、その人たちへの感謝と信頼だけを語っているから。

自分を飾る言葉がない。
自分を守る言葉がない。

ただ、周囲の人への誠実な思いだけ。


座長として、自分がいかに苦悩したか、眠れない夜を過ごしたかは、一言も語らない。
屋良っちが眠れぬ夜を過ごしたことは教えてくれても。


スタッフが、観客が、救助に懸命だった出演者が、できる限り舞台を務め続けた屋良や宮澤が、怪我をしたメンバーが、先輩や後輩が、電話をくれた仲間が……みんなが素晴らしかったこと、ありがたかったことだけを語っている。


僕は堂本光一をこよなく尊敬しているけれども、彼の凄さを表現する言葉を持たない。

よくまあ、こんな人に巡り会えたな、エライぞ自分!としか言いようがない。


もうね、知ってたよ、本当に凄い座長だと知ってたよ。でも、僕なんかの思う以上の人なんだよね、ほんとに。

こんなに変わらなくて、こんなに信頼できる人、滅多にいないよ。

今回の出来事で、改めて見えた、光一という人格の深さ。

事故そのものは、誰より重く受け止めているだろう。
美談になんかできるわけもない、あの厳しい完璧主義者が。

徹底して反省し、舞台の責任者としての自分を追い込んでいるに違いない。

その自身への厳しさを推察できるから余計に、人への眼差しに涙がこみ上げる。



月光があまりにも清らかで澄み切っていて、それを受ける身体が痛いほどだ。

闇を越えて、キラキラと静かに沁み入り、強張った心を包んでくれる。

自らは厳しく冷たい暗闇にいて、ただその光を遠く遠く届けて。

安心していいよ、と。
笑っていいよ、と。

なんと力強い光か。
なんと優しい光か。

この光に手を伸ばさずにいられない。
この光を求めずにいられない。



起きてはならなかった事故ではあるけれど、結果として、またひとつ堂本光一の素晴らしさを知ることができた。

光一が築いたカンパニーの素晴らしさを感じることができた。


今宵、全光一ファンが叫んだに違いない言葉を、僕も今、出張先のホテル(笑)で叫ぶ。

ああ、この人のファンで良かった!!

この人のファンで自分は幸せだ!!!


涙をぬぐい明日を見つめる眼差し


再開された舞台は順調とのこと。

LEDパネルが減っても、人数が少なくても、Endless SHOCK という作品にみなぎる「人のパワー」「魂の充実」が、不足を感じさせない。


いくつか報道された映像を見て、堂本光一が築き上げた15年の実績が、そして何よりも光一自身の舞台にかける真摯さが、次元の低い批判を許さないんだと痛感した。


継続は力なり、まさに。15年の継続は確かな力を作品にもたらしていた。
一人二人と観劇したことのあるレポーターや司会者が増え、「凄い舞台である」との確定した評価があったからこそ、事故に負けずに再開を果たすことができた。

2年目や3年目だったら、負けていたかもしれない。
再開を目指すより、新たな仕切り直しに動いたかもしれない。

15年…この輝く実績があればこそ、このような試練にも負けない演目となった。


なんと堂々たる、立派な座長だろうか。

あんなに謙虚で誠実な、何の言い訳も責任転嫁もない挨拶を、テレビ画面で聴いたのは、僕は初めてだ。

謝罪の言葉は当然としても、いたずらに嘆いたり怖れることはなく。

強く感じたのは、誇り高さ。
守るべきものがある人間の、誇り高さだ。

全力で、一番苦しい立場のスタッフを守ろうとしていた。
「Endless SHOCKの、俺のスタッフに傷をつけさせてなるものか」という覚悟が、全身から立ち昇っていた。


当日、すべての機構を再確認したことだろう。
パネルの使用はできないが、それ以外は何の問題もない、とスタッフは確信をもって答えたに違いない。

何の不安もない、と互いに思える信頼感。
決して揺るがぬ信頼のもと、再開は決断された。


それでも、事故は起こってしまう場合がある。
「肯定しない」とは、決して事故を許さない、認めない、という座長の決意。

仕方なかった、不慮のアクシデントだった、と言い訳しない。
これからの舞台で、二度と事故は許さないという決意。


誰かのせいにするのではなく、なぜパネルが倒れたかを検証し、原因を取り除いて、その上で光一が必要と考えるならば、また新たな形でパネルの使用もあり得るだろう。

想像しただけでも、裏方スタッフの労力はいかばかりかと…。
彼らの苦労、尽力を誰より知っている座長だからこそ、あんなにもスタッフに感謝し讃えることを忘れない。


本物の座長が率いるカンパニーに、試練はあっても挫折はない。


何かが、これからの SHOCK に必要だから、この事故が起きたのだと僕は信じている。
意味のないことは、この世にはないから。


人が行うことの確かさと危うさ。
人だから確かで信頼できる。
人だから不確かで時に間違う。

その境目を僕らは生きているが、光一座長は、「人だから信じられる」方に軸足を置いている人間だ。

そういう人だからこそ、僕は彼を尊敬してやまないのだ。


そして、信じたなら、その責任は自分に。

誰でもない自分が責任を負うと決めている人間ほど、強い存在があるだろうか。


凛々しくも、疲れ切って、悔しさと仲間への思いのどん底で、それでも観客の心配を感じ取り「肩の力を抜いて」と言う座長。

無理して頑張った後輩を、笑わせながら褒める座長。

言葉の無力さを知りながら、何とか伝えたいと、心と言葉を重ねる座長。


この座長でなかったら、もっと大事故になっていたのではないか…と、僕は心の奥で思っている。

そして、光一でなかったら、この事態に負けていたかもしれないと。



いつでも前を向く光一とカンパニーだから、取り残されたように感じる人がいても当然だと思う。


特に19日昼公演を、途中で終わりにされてしまった観客。
そして、19日夜公演をまったく観られなかった観客。

事故の目撃者となった人は、もしかしたらトラウマを抱えるかもしれない。
寸断された観劇の記憶は、重いかもしれない。

不測の事態に遭遇すると、色んな意味で辛くなるから…あまり悲しまないで、記憶を解放してほしいと願う。


19日夜の観劇ができず、払い戻しの措置となって、それが辛い人も多いだろう。

僕自身、もし申し込みが当選していたら、あの夜の観客だった。

その日一度限りの予定だったら、諦めがつかないよね。
遠征だったら、経済的にも大変なことだ。

ソロコンで福岡や神戸など、何度か中止になったり、雪で飛行機が飛ばない、新幹線が動かないこともあった。

運なのか何なのか、自分が当事者になってしまうことは誰にもあり得る。

僕は振り替えになった福岡コンには参加できなかった経験があるので、返金と振替公演、どちらがいいとは言えない。

観たかった人は、本当に辛いと思う。


ただ、そのことを今はあえて言えない座長の気持ちも、どうか察してあげてほしい。


休止となったことを詫びるほどに、誰かが苦しい思いをしてしまう。
観客としてその場にいる人にも重い空気を与えてしまう。


自分がどう思われるかではなく、舞台とスタッフと観客(の気持ち)を守ろうとする時、出せる言葉と出せない言葉があることを、少しでも察する一人でいたいと思うのだ。



ひとつの事故が、多くの人を傷つけた。

それが分かるから、座長もカンパニーも、全力を振り絞って公演に臨んでいる。


傷ついた人は、その気持ちを素直にぶつけていい、でも座長とカンパニーを好きなら、やがて静かに思いをおさめてほしいと願う。


ありとあらゆる理不尽と闘い続けてきた、今も闘い続けている光一を思って。少し時間がかかっても。



千穐楽まであと少し。

僕はもう観劇はできないけど、みんなで応援のパワーを届けよう!



あ、言い忘れてた!

沢山のコメントをありがとう。

事故当日、再開公演などのレポに感謝。
複雑な気持ちを書いてくれたことに感謝。

いつでも、何があっても光一を応援するみんなに感謝。

光一ファンのみんなに感謝!!



言葉にはならないけど


夜のニュースでやっと詳細を確認。

とりあえず、とりあえず、「重傷者」という言葉は消え、帝劇からの発表も「負傷した全員が本日中に帰宅した」とのこと。

何と言ったらいいのか…。

重傷という表現にはならなくても、ダンサーにとって骨折というのは大変な事態に違いなく。

それでも、とにかく生命に関わることは無いとの報には、本当に感謝したい。


光一座長の心境を思うと、自分には想像もつかない…。


実は今夜の公演、申し込みをして取れなかった公演だった。
もし取れていたら、あの帝劇前に集まっていた1人だったろう…。

日本中、また海外からも、今日の公演を楽しみに集ってきた観客を思うと、胸が痛む。
明日以降への不安も含め、本当にみんな大丈夫だろうか?

どうか、心をやすめてほしい…としか言いようがない。


僕らにできることは何もないが、座長とカンパニーに思いを送ることは、僕らにしかできない。

あの素晴らしいカンパニーの無事を祈ることは、ファンである僕らにしかできない。


このような事態が起こると、ネット上には心無い書き込みも増える。

そんなものを目にしたら、益々苦しみ、痛みに襲われるので、情報は確実なところからだけ受け取ることにして、みんなは自分を守ることも忘れないでほしい。


堂本光一とスタッフが、原因究明と再発防止に全力を尽くすに違いないのだから、全面的に信頼して、僕らは祈りながら待つしかない。


それにしても、舞台は生き物だと改めて実感した。
速い転換のために、スタッフも大変な苦労をしていること、すべてが無事に運営されてきたこと自体が奇跡の連続であって、無事故が当たり前の公演など一回たりともないのだ。



ともかく今夜は、負傷された方々の無事を願い、座長と関係者すべてが少しでも眠れることを祈ろう。


明日から、どんな事態になっても、堂本光一ファンとして、Endless SHOCK のファンとして、恥ずかしくない対応をしよう。



ここを覗いてくれた人、今、気持ちが波立ってる?大丈夫かな…。

あまり心配し過ぎないでね。


光一座長に、みんなの祈りが届くよう!







4年目の思い


3月11日に、毎年帝劇から届くメッセージを受け止める。

今年も、言葉を飾らないあの座長は、舞台に立てる感謝と、一所懸命にやるだけ、としか言わないだろうけど。


4年前。奇跡としか言いようのない、幕間の出来事だった。

その後のすべては今も胸に痛いけれど、生き残った者、直接の被害を受けなかった者として、被災者・被災地へできる限りのことをしよう、と仲間たちと誓い合ってきた。

自分にできる限りを尽くして、人々に何かが届くようにと全身全霊で舞台を務める人と同じように。
あの思いの、万分の一でも見習いたいと。


募金とボランティアくらいしかできない自分たち。
それしかできないなら、それを全力でやろう。

大学関係者を中心に作ったボランティア組織を仲間と共に運営し、4年が過ぎた。

瓦礫撤去から家庭生活の支援、精神的なケア、身体ケアとしてのマッサージ…などなど、しかし、現状には行き詰まり感、やり尽くした感がある。

もうボランティアが求められる時期は過ぎたのか、まだまだ立ち直れない人もいるだろうに。

今日も、これからの支援のあり方について検討していた。

継続が一番難しく、一番大切だと。

この日に帝劇に立つ人を思い、自らのやるべきことを思い、明日からをまた始めよう。

そういう一日を与えて貰えたことに、深い意味を感じながら。


また別の観点から思うのは、同じこの4年間、個人的に過酷な試練を受けた人は、日本中世界中に無数にいたに違いない、ということ。

巨大な災害には、それなりの支援があり、同じ境遇の仲間がいると思えるけれど、個人的な試練は、たった一人で受け止め、誰も分かってくれないことも多いのではないだろうか。


大災害とはまた次元が違うけれど、大事な人を亡くしたり、大事な何かを失ったりするのは、誰にでも起こり得ること。

たった一人で悲しみに耐えている人が、必ず近くにいるはずだと思う。

支援を受けるどころか、そんな悲しい目に遭ったことさえ、誰にも気付かれず。


注目される大災害も、一人の身に起きた出来事も、人間一人が抱える辛さは同じ。

災害支援という大きなくくり以上に、その人が持つ悲しみや苦しさに寄り添いたい。

何もできないと分かりつつ、人としてただ側にいたい。


僕らがやれるボランティアなんて微々たるものでしかないが、一人対一人の心を大切に、どんな被災者の方にも寄り添っていけるよう、僕ら自身を鍛え、磨いていこうよ、と。それを仲間と確認し合った。


まだまだ、復興の道のりは遠い。

だからこそ、僕らにもできることはあるはず。

政治家の尻をつつくこと(笑)も有権者としてやりながら、自分自身の責任を果たすことを忘れまい。


そんな思いを新たにした、4年目の3月11日だった。



ミタライ!石岡光一!!


観た観た。ミタライ。

いや、あのね、原作とか本来のキャラ(これがまた変転しててややこしや)とか、自分の中に積み重なってるアレコレを取っ払って無心で観た。

玉木御手洗と石岡光一のドラマとして。

僕は十分、満足!
高らかに言う、満足である!

良かった… ← 安堵(笑)


初顔合わせだから、全体のアンサンブルはまだこれから!という空気もあったけど、原作や漫画版からの改変部分は、かなり良くなっていたと思う。

いつも島田作品から受け取る ''女性って…'' とげんなりする感(申し訳ない!)が薄まって、いわゆる真犯人の造形も納得のいくものになっていた。


玉木御手洗は、今回の脚本が描こうとしたクールでカッコよくて、か・な・り優しい御手洗として、完璧。

玉木氏は、どうしようもなく甘い目つきをしてる人なので、いくら毒を吐いても優しい。

それを石岡も分かってる、という関係性が楽しかった。



余計な話だけど、僕の中の御手洗潔は、初期のイメージのまま、奇人変人な男。

クールでもなくカッコよくもなく、ブッ飛んでるトンデモ男。
しかしよく見ると美形で。

鉄の馬にまたがって、世の中と ''真っ当な人たち'' をなんとか守りたいと、馬鹿にされながら走り続ける人間。

現代…と言っても昭和の時代に現れた、ドン・キホーテ。

脳科学者というより占星術師。

社会的には底辺に近いところで、石岡一人に人間扱いされながら、そして石岡一人を拠り所にしながら生きている。


そんな御手洗潔が僕のイメージで、俳優を無理やり当てるなら、身長180超の山田孝之。あはは

石岡光一を基準にするなら、長瀬を御手洗に。ま、コレは完全にファン目線で(笑)


そんな、ハチャメチャで暑苦しい系の御手洗観は、玉木御手洗の前にアッサリ引き出しにブチ込んだよ。



玉木氏と光一の空気感、すごく良かった。


石岡光一は、ああ、なんということだろう(笑)

女性ファンが「可愛い可愛い可愛い!」と叫ぶ気持ちに、うん、ようやく共感した。


割烹着、トナカイ(!)、なんとなくレトロな背広姿(笑)、ネクタイを緩める動作、… 最後のモップ掛け(あははは!)まで、誰得って言うも愚かなファンサービスの連打にむせび泣いたのは僕だけではなかろう。


gomaからは阿鼻叫喚のメールが(笑)
ヤツはモップ掛けをする堂本光一が信じられず、僕に確認してきたよ。あはは

全国各地で色々ヘンな叫びが上がってたことは想像に難くない。うむ。


TV画面の中で動き声を発する光一に飢えていたこと、しみじみ実感した。


座長である時とはまったく異なる堂本光一に、改めて惚れ惚れ。


可愛いぞおい!と心から叫んでしまう自分が信じられない(笑)

だって、本当にカッコイイ ''オトコ'' なんだもん、座長・光一は。

帝劇に君臨している神のごとき ''偉きさ(おおきさ)'' は、石岡光一にはなかった。見事に消していた。

そう、あの銀狼の時から、違う人格を演じ分けるのは上手かったのだ。


石岡光一の、御手洗の相棒としての引いた演技、その中の可愛さ、優しさも光一が本来持っているものだと思う。

それを堪能することができた。


ミタライは、御手洗潔モノを根幹にしながら、ひとつのTVドラマとして提供された、今回のスタッフ・キャストによる独自の作品。

自分の脳内に鎮座ましましている(笑)御手洗潔ではない、玉木御手洗であり石岡光一だ。


それを、僕は大変美味しく戴いた。


いや〜いい夜だった、ありがとうミタライ!!


おっと、みんな、フジテレビさんに好意的感想(笑)と、続編を望む声を伝えようではないか!


短編作品は、連ドラ向きなんだけどな〜。
今回同様スペシャルドラマでもいいから、続編が観たい。

そして予定されている映画も、玉木御手洗に石岡光一で!!

さらには、あの光一ならではの切ない眼差しを見てしまうと、「異邦の騎士」が観たい!と。


願い、要望しよう。


さよならは言わない

明日、3月7日21時〜フジテレビ。

そこへ向けて胸ドキドキで熱っぽくて、微妙に体調不良だというのに(落ち着け)

町田慎吾が事務所を辞めたとの報が。


何なんだろう、あの事務所のやり方は。

CDデビューしていないタレントは、何の説明もなく情報を消されて終わりなのか?

彼の存在も、当然ながらファンの存在も、なかったことにされるのか?


呆然としながら、いくつかファンの言葉を追ってみた僕に、さすがと言うか何と言うか…町田ファンは、愚痴も恨みも流してなかった。

すでに覚悟していた、と…町田の気持ちをキッチリ受け止めていたファンの凄さよ。

さすがに、あの優しくて賢くて謙虚な町田慎吾のファンだ。

僕は涙が出た。



嵐の大野と深いつながりがある、ということから、大野ファンであるgomaの妹から時々情報が届いていた。

先月、二人で話をして、ちゃんと''別れ''を告げたらしいj-webのブログを読んで、そうなのか…20年の思い出を胸に、新しい道を進むのか…と、僕なりにある意味の覚悟もしていた。

が、それでも。

外部の舞台で主演も務めた、ドラマにも出てた、ちゃんと実績のある所属タレントを、こんな形で消してしまう事務所に胸の痛みが止まらない。


堂本光一が大事に思っている事務所だからこそ…



昨年、町田が務めた舞台で共演した女優さんのブログを見た。

町田慎吾への絶賛の言葉に感動した。

知ってる人も多いかもしれないけど
失礼を承知で、一部を引用してみる。



とにかく主演の町田さんがスゴイ・・・

(中略)周りにひたすらいい影響を与え続けている姿に、毎日圧倒されとります。

いやーほんっとに凄いの!
スターなの!



町田慎吾さんという素晴らしい俳優さんをもっともっと色んな人に知ってもらいたい

この俳優さんは近い将来、演劇界の宝になるのでは!!

あの謙虚さ、貪欲さ、芝居への情熱!

全部盗んでやるんだ!!



そして、舞台が終わってからも、書いている。



将来の演劇界の宝にも出会えたし!

この人と再び共演するのも、一つの大きな目標!!



他にも、町田慎吾を讃える声は、共演者、演出家など、多くの人が書いている。



町田慎吾は舞台俳優の道を歩いていくのだと、そうしなければ、我々は演劇界の将来の宝を失うのだと。

町田さん、あなたにはその責任があるんだ、と言いたい。


未来の演劇界のための決断だったと信じたい。



僕は、あなたの「ライバル役」が観たかったなぁ。

屋良や内とはまた違う、町田のライバル役を。

光一大好きが漏れ出ていた町田ならではの、新しいライバルを演じてくれたのではないかと。

あの町田が光一に楯突く姿が観たかったよ…。


もう何年もSHOCKから離れているなんて、信じられない。


多くの後輩が演じて、みんな頑張っているけれども、町田が全魂をこめて吐き出していた「俺たち、みんな、仲間じゃなかったのかよ…」が、僕にはベストの演技だった。
あれ以上の震えるような切なさを、まだ伝えてくれる後輩はいない。


町田慎吾、素晴らしい俳優、素晴らしいダンサー。

光一のソロコンで見せてくれた笑顔、MA全員のパフォーマンスを忘れることはない。


本当に本当に、ありがとう。


20年居た場所を離れるという選択。

自分に置き換えたら、何と心細い、頼りない状況だろうかと足がすくむようだ。


でも勇気をもって決断した町田を、僕は永遠に応援する。

人として尊敬しているから。

ブログを読んで、いつも頭のいい、人柄のいい男だと、信頼してきた。

同じ堂本光一ファン(笑)という親しみもあった。

そして、舞台ではいつも素晴らしい表現者だった。


町田慎吾の明日に祝福を。

光一ファンとしての感謝と尊敬をこめて
心から、心から

町田慎吾に乾杯!!




もう日が変わって土曜日だね。

今夜は久しぶりにTVで演じる光一を楽しもう。


町田も観てくれたらいいな〜と思いながら。


プロフィール

kaito

Author:kaito
日本が誇るべきエンタメ界の宝・堂本光一の表現を楽しみ、仕事人として尊敬し、その人柄を愛するkaitoと申します。
社会人として人間として、目標となる堂本光一の背中を見つめながら自分も成長したいと願う男子のブログです。

オンラインカウンター
カレンダー
02 | 2015/03 | 04
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。