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SMGOに寄せて


ま あまあ、そんなに泣くなよ

た またま20周年なのにアクシデントが起こって

ご つん!と叩かれた気がして気を引き締めた

む りはしてないよ、安心してちょ!


勝手に縦読み。すんません(笑)



堂本光一って人は、成人してからの大半を SMGO を自分の信条として生きてきた人だ。

SHOCKの舞台だけじゃない、あらゆる仕事の現場でSMGO=最善を尽くす、を体現してきた人。
その場その時でやれる限りのことをやる。
知恵を絞って最善をめざす。

それがカラダにもココロにもしみついてる人。

メッキじゃない。本質がSMGOってことだ。


そんな人が、デビュー以来の危機的状況に遭遇した。

20周年の記念イベントやら20年ぶりのドラマやら、TV出演がめじろ押しの中で同僚が倒れた。

どうするよ?!のパニックの中、普通なら淡々と流れたかも知れない20周年が、どれほど重いものとして光一にのしかかったことだろう。

ひとつの仕事を支える人達の思いを、光一って人は誰より深く受け止める。
Gの仕事に関わる人達の思いを、改めて強く認識したに違いない。

その人達のために、また楽しみにしていたファンに、命懸けのSMGO精神で応える…それ以外の選択肢が堂本光一にあったなんて、僕には思えない。

倒れた同僚を見捨てたり、切り捨てたり、ハハ、そんなことができる光一かよ?
すべての仕事仲間にバカほど優しい人間だよ。

誰もが光一を頼り光一の決定を待ち、1人が欠けたGとはどんなもんじゃい?と固唾を呑んで見ている。

やるっきゃないだろうよ、最大限で!プライドを懸けて!

その決意は、復活コンとなる冬コンにも続いていただろう。



もう大昔だけど…多分福岡のG公演で見た光景。

調子が悪くてイラついてた▲が、ステージ上で胃腸だか何だかの薬を放り投げて。
光一は、落としたらアカンとばかりに、投げられた薬を懸命に拾ってた。

意地悪いヤツだなぁと僕は呆れながら、▲のどうしようもない心身の病理も感じ、それを「決してステージを壊さない」ように明るく対応していた光一の姿が、今も目に浮かぶ。

もうずっとずっと、こうやって光一はSMGOを続けてきた。


続けている意味が感じられなくなった時期、光一は「解散」を考えた。
それは一旦は回避されたけれども、これから先はわからない。

しかし、いかにGが楽曲に恵まれ、多くの人に支えられ、貴重な存在かを知ったこの夏、20年が終わるこの冬までは、全力でGのために頑張るのは当然だ。


冬コンの休止も考えられなかったわけではないだろう。
でも「やりたい」という同僚に、やらない方向を提示するような光一ではない。
何とかして、やれる方法を。

何がどうダメになったとしても最悪1人でもやる、いや絶対に最後までやれるよう同僚を支えてみせる、と決意するのが光一って人だ。


最善を考えた結果、オーケストラになり団扇やペンライト無しになり。
互いのできるものを見せるソロコーナーになり。

以前からソロとGを分けては考えないと言っていた光一だが、踊りたい!という自分の欲求はソロで、自分らしい世界観はソロで見せる、「やりたいことはソロでやる」としてきた。

だから今回は大昔のソロコーナーが蘇ったのだと僕は思う。
一番観せたいもの、自由に自分らしさを表現したいと選んだ曲だったのだと。


本当のソロコンがあんなもんじゃないこと、僕らは知ってるんだからさ。
Gファンにちょこっと見せてあげたくらい、自慢毛伸ばしてりゃいいのさ。笑


光一が、SHOCKの舞台を観に来る後輩のファンに冷たくすると思う?
「オレ様のファン」しか気にしない人だったことがある?

後輩たちを盛り上げようと、ファンを喜ばせようと、「愛想無し」で有名なはずの彼がどんなに後輩にも優しいか、僕らは知ってるよね。

自分だけのファンのために息をしてる人じゃない。

ファンというより、そこに来てくれた観客のため、一瞬も気を抜かず全身全霊を尽くしてる。

そんな人が選んだソロ披露を、ソロファンを見捨てたかのように受け止めるとしたら、あまりにも光一が報われない。

お金払って来てくれた観客なんだよ、いつだって対象は。
そこに全てを尽くす。

例外は無い。不平等も無い。ただ観客のために。



光一のファンなら、彼のような人間性をめざそう。

ごちゃごちゃしないで、シンプルに考える。
その場を一所懸命に頑張る。
先のことまで思い悩まない。

ファン生活だって効率的に考えるべきだ。

幸せのために生きなければ、非効率なんだよ。

愚痴より嘆きより、光一を信じると決めることだ。


あのさ、信じられる人かどうかとか、こいつは悪人だとか、真実と嘘だとか、明確な基準なんて実は無いんだよ。

ある出来事をどう受け取るかは、自分がどう受け取りたいか、どう受け取ることが自分の幸せか、ってことだけが基準になる。

そんなのウソだ、真実はひとつだけ!と思う人は、世の中に360度普遍で不変な真実なんて、ひとつも無いことを知らなきゃいけない。

ありとあらゆる現実があるけれど、そこに見える真実は百人百色。

ある出来事、同じ出来事を見た時でも、人によって違う真実を受け止めている。


今回のGコンを通して、光一ファンが悲しむとしたら、僕は本当に辛い。

だって光一は自分だけのファンを切り捨てる気も見放す気も全く無いのに、自分のファンから泣かれるんだよ?

リアルなSHOCK舞台だよ、まるで。

「……切り捨てられるんだろ?」と嘆くライバル役に、「そんなこと無いのに(泣)コウイチの気持ちわかってよ〜1人で誤解して追い詰めて…こじらせてる〜!」って思うなら…。

ライバルに共感して本身の刀用意しちゃダメだよ〜。頼むよ。


光一のソロファンのみんな!

悲しかった気持ちはよくわかるよ。
待って待って耐えて耐えてるのに、今にも餓死しそうな自分を置いて、もしかして例のコントを楽しんだかも知れない人達の前に「最高のご馳走」を振る舞ったんだから。

こんなヒドイ話あるか?

いや、あるんだよ。
なぜなら、その場における光一の全力だから。


そして堂本光一はひとりしかいない。


ソロファンは、虚しい綱引きをしてるんじゃないかと思う時がある。

必死で手繰り寄せたいのは光一であり、光一のパフォーマンスなのだけど、綱引きの先に光一はいない。

僕らの綱引きを高みから見つめながら、「ごめんな、いくら引っ張られても俺はここにいる。ここにいて、いつだってみんなを思っている。応援してくれる人はみんな大事だ。誰も見捨てたりしない。ソロファンがいてくれることもわかってる。ソロをやる時はまた全力でやるから。その時を待っていてほしい。でも、待つか待たないかは、みんなの自由だよ」と。…勝手な妄想(笑)


自分のことなら言い訳もしないのに、コンサートで団扇やペンライトを禁止したことにファンからの不満や疑問が届くと、Gの責任を負って説明する。

観客には自由に楽しんでほしいのに、禁止事項などを設定しなければならなかったことを、どうか理解してほしいと説明する。

舞台でも、出演者やスタッフの「納得」を大事にする光一らしい。

でもソロの場では、信頼があるからそんなこと言わないだろ?
そこが不器用な男の真骨頂でさ…ホント、理解してあげようよ。


僕は男だから、光一の気持ちに寄り過ぎかも知れない。

傷ついてる人に、慰めにもならないことばかり書いてるかな。ごめんよ。


でもさ、光一はあらゆる方向に気を配りながら、誰よりも頑張っている。

その、あらゆる方向の中で、すでに決まっているSHOCKを前に、ソロファンが後回しになっても、それは光一にとって唯一の甘えではないだろうか。
一体、他の誰に光一が甘えられるんだよ?

それでも厳しいのが光一ファンだけどさ(泣)

ごくたまには、甘えない男のことも甘えさせてやってよ。


頭が痛くなるくらいソロコンを熱望してる我々にしてみたら、いつまで20周年なんだよ!と喚きたくもなるけど、まあこれは仕方ないよ、年が明ければすぐにSHOCKというソロ舞台だ。

舞台をソロ活動だとするなら、1年のうち半年は稽古期間含めソロ活動。

ソロファン贅沢!と言われても仕方ない。(いや絶対そうは思わないけども)



苦しんでるみんな、もうすぐにSHOCKの季節だよ。

僕らも何とか1回は観劇できることに。ありがたし!!

年末年始はリアル生活に傾注して、光一ファン生活は冬眠でもいいさ(笑)
すぐに雪は溶けるから。



コメント欄や拍手のページから、もう耐えられないという声が寄せられたので、僕なりの気持ちを書いてみた。

光一ファンの冬は長いけど、春が来れば余計なものは目に入らなくなるよ。

そして最高の光一パフォーマンスが待っている。

その時、光一は観客という名のソロファンのもの(笑)だよ。


ひとりしかいない人を綱引きしたら可哀想だ。


大好きな大好きな光一なら、信じて(信じると決めて)ついていくんだよ、どんなにツライと思える時も。

光一を好きになった自分を諦めたらあかん!!



またね。

冬の月光も、キラキラと身に沁みて、いいもんだよ。見上げてみ?


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立冬に思う

世の中に「冬支度」(ふゆじたく)という言葉があるように、厳しい冬に備えるためには、他の季節とは違う準備が必要なものらしい。

僕も自分なりの冬支度を考えたいと思う。


明日からまた長期の出張になるので、下の記事を書いたままでは書き逃げになる気がして心苦しく…結論に至るようなことは書けないまでも、今自分として思うことを記しておきたい。



コメント欄に寄せられるみんなの思い、少しでも率直な気持ちを吐露してくれてありがたいと思う。

吐き出さないと毒になるものを、無理やり口に入れられる…何度こんな思いをさせられて来たことか。

何が毒なの美味しいじゃない!と言われながら、どこにも吐き出せずにいた人がいるなら、こんな場所でもいいならどうか吐き出してくれ、と言いたい。


今回の問題、一部のファンには大問題でも、何らかの収束が図られるとは思えない。
多分、このまま放置だろう。

当日取材が入ってたと言うのに、葬式ネタに触れたマスコミは無い。これが、あのネタが「しょーもない」ものだった証明だろう。
くだらない、しかもアンタッチャブルなネタだとマスコミも判断した程度のものに、僕ら光一ファンだけが傷つけられる。

▲軍団なるものがバカやったらしいね、でスルーされる。

吐き気がするほどの痛みだけが、血の滲む心だけが、置き去りにされる。

毒を与えた側には、いつだってその認識も反省も無い。


極寒のような場所に放り出される僕らは、一体どんな冬支度なら耐えられるというのだろう。


僕は一昨年の冬、マイナス45℃にもなるという都市に行ったけど、その国の人は「今日はマイナス38℃だから寒くないよ」なんて言ってた。
うむ、人間の常識は決して普遍的ではないのだ!(笑)

「堂本光一を応援するという世界」の常識は、やはり特殊なものだ。

生真面目で正義感の強い光一ファン(そんな人が多い気がする)が許せないことも、▲Gファンの世界では簡単に許され、そもそも問題にもされない。

我慢できるか!!と怒りながらも我慢を重ねて、何とか光一について来たファンが、いかに多いか。
すべては、嫌なこと苦しいことをしのぐ、光一の圧倒的な魅力と才能のゆえ。

光一を観ればすべては浄化され、やっぱりこの人から離れられない、離れたくないと。

ただ素晴らしいご馳走に満足しながらも、あまりの毒が一緒に盛られるので、もうどうしていいか分からない…助けて!と叫んでいるのが光一ファンではないだろうか。

これは、同じ感覚を持つファンにしか理解できないと思う。


今回の葬式ネタを何とも感じない人は、仮に「▲のペットの葬式」という設定でも笑えたのだろうか。
そんなネタ、軍団でもやらないとは思わないか?

ペットなら▲も不愉快になるだろ?違うのか?自分のペットの葬式をネタにされても笑ってるのかな。そういう人間だというなら別の種類の不安が湧くけど。
そうじゃない、と思うなら、光一のネタがいかにおかしいか分かるだろう。

光一の葬式ならやってもOKだと、おもろいネタだと軍団は判断した。
軍団の連中は、光一をどう扱えば▲にウケるか、よく分かってるということだ。

ペットの葬式ネタをやられたら、ゾッとするだろ?普通の感性ならそう思う。
その感性があるなら、光一の葬式ネタをやられたファンのショックと嘆きが分からないはずが無い。

(人間を例にしてもピンとこない人がいるらしいので、あえてペットを例にしてみた)

僕は、この感覚を共有できるなら、他のあらゆることに差異があっても、光一ファン、真っ当なGファンだと思うことができるよ。



そんな痛みや悲しみは尽きないけれど、このまま立ち止まっているわけにはいかない。

いくら怒りをぶつけても、正論を訴えても、この業界の寒風にはかなわないから。



僕は改めて思うんだけど、僕らは堂本光一のファン。ただそれだけ。
ファンだから苦しいことも多いけれど、それ以上の幸せが確かにある。

光一にしか与えられない幸せを、僕らは味わえる。
それが何より大事なこと。


だから、「喜び」に向かって動こう。
「僕らの歓喜」のために動こう。

光一に、ソロコンサートの開催を願おう。

1月に発表される何かは不明だけど、それはそれとして、来年はソロコンサートを!と訴えていこう。


今は、それが大切なことじゃないだろうか。


まだまだ気持ちが落ち着くのは無理だと思う。
ただ、いつまで怒りを燃やしても、決して火消しは行われず、スルーされる。

軍団だの▲だのが謝るもんか!
▲は「光一ファンに攻撃される」という被害者の勲章を、また胸にぶら下げるだけさ。


僕らのエネルギーは、光一のために使おう。僕らの心のためだけじゃなく。
光一こそが僕らを癒やすのだから、他のことに使う時間が勿体無い。



▲やら下劣なヤツラを放置するわけじゃないよ。
今回は、世間的にも許されないことが、公の場で行われた。

これを許したら、学校や職場で「葬式ごっこ」というイジメを容認することになる。

松本人志氏が言われたように「本人が面白いからやってくれと言った場合以外、本人不在で生前葬をやるのは殺人である」まさにその通りであり、この言葉は重い。

(通りすがりさん、紹介してくれてありがとう。「通りすがり」というのはアンチがよく用いるので(笑)これからはネームをお願いしますね。僕なんか気が弱いので、通りすがりという文字だけでドキッとしちゃうのだ・泣)


▲軍団は、この業界の大先輩の言葉を無視するつもりか。松本氏の発言を知らないのだろうけど、それで済むのかね?

いかにダメダメなことをやってしまったか、本気で考えてほしい。



僕らは心を傷めながら、それでも歩き出さなければならない。

心の冬支度、毎年毎年していてもコレだよ、泣きたくなるよね。

でも、負けないで歩き出そう。



絶対に、光一に責任が及ぶような「ファンの乱」を起こしてはならない。

それが誰かの思う壺なら、なおさら。


負けないってことは、光一のように、本当に強くなること。

他人を認め、他人を包み込めるまで、強くなるしかないんだ。


僕らは堂本光一のファンで良かったなぁ(笑)

目標となる人に惚れて、本当に幸せだね。



立冬を迎え、ますます厳しい毎日だけど、しっかり冬支度をして立ち向かおう。

今は、暖かいものに包まれる時なんだよ。

色んな意味で、自分をイジメないようにね。


必ず春が来るから。

春は揺らがずに、冬の向こうに待っているから。


ではでは、また。




月待つ我ら

遅くなったけれども、まずは大千穐楽のお祝いを!

Endless SHOCK 2017 大千穐楽おめでとう!!


冬の帝劇から、同僚の病気という不測の事態に見舞われる中、孤軍奮闘とも言えるGの20周年行事を挟み、猛暑や台風や信じられないとんぼ返りのスケジュールやらをこなしながらの地方公演、そのすべてを無事に打ち上げた堂本光一。
そんな光一を支えてくれた、共に走り抜いた仲間であるカンパニーのみんなにも、心から拍手を送りたい。


今の僕は、もし光一にSHOCKという「場」がなかったら、ファンとして耐えられなかっただろうと…改めて痛感している。

僕というひとりの人間に与えられる「堂本光一のステージを観る」という至高の経験以上に、光一にとってSHOCKというステージが不可欠であったことを思うのだ。

光一が存在し続けるには、Gではない場所がなければならなかったし、だからこそ光一は、人が呆れるほどに自分のすべてを傾けてSHOCKを作り上げ、進化させ続けてきたのだ。

光一こそがSHOCKを支えに、長い年月を生き抜いてきたのだ。



下の記事のコメント欄を見ると、また酷いことが起こったんだね。
ほんとにもう、ため息しか出ない。

しかし、今回は、ため息の底から絶望的な怒りが湧き出てくる。

僕はツイッターなどを見ない(自分の心を守るため)けれど、色んな形で知らせてくれる人達がいるので(笑)何があったかは昨日知った。


実際のレポを読み、はっきり言って吐き気がした。
あまりにも世の中からズレているお笑い芸人(?)に、頭の中が真暗になった。

誰かの「葬儀」を行うというのは、コントのネタであれ何であれ完全にアウトであり、学校でやったなら100%いじめであって、それを黙認した担任がいるなら、責任者として処分の対象になる。

▲のステージの「責任者」は誰だ?(笑)

光一が座長として担っている覚悟など、▲には想像もできないだろう。


奇しくも博多座千穐楽の日に、日本の東西で「座長」と呼ばれる人間の落差が晒された。


▲の周りに集う頭の中が三流のヤツラなどどうでもいいが、やったことは許されない。
今の世の中で、これを許していいわけがない。

「お笑いだから」は、いじめる側の常套手段。
誰であっても、葬儀という設定は絶対に許されない。

冗談を装ったいじめで、何人の子どもが死に追いやられているか。
それをあえて大人が、しかもプロの芸人がやる?

大げさじゃない、本当に許されないことをしたんだよ、ヤツラは。


僕も頭に血が上ってるので、これ以上は自粛しておくけれど。


こんなことをされても、光一のソロファンに「G活動の邪魔するな」と?そんなことが言えるか?

邪魔してほしくないなら、▲のソロステージで葬儀コントなんかさせるな!!
ちゃんと▲ファンとしてGファンとして、ヤツラに抗議しろよ。
面白い、とウケてたファンばかりじゃないんだろ、いくらなんでも?


光一は決してそんなことはしない、仮にお笑いのステージだとしても▲の葬儀ネタなんかやらせないよ、それはみんながわかってる。だから悔しい。

この夏の20周年の諸々を、どんな思いで一人で回したか。
お膳立てに乗っかっただけだと思うのは、光一を知らないヤツだけだ。

いちからスタッフと協議し、ギリギリまで悩みながら、ファンを喜ばせようと頑張ったのは誰なんだよ。
病気の人を守ろうと、Gの20周年を守ろうと、必死だったのは、僕でさえ見ていてわかった。

そんな光一に対して、本当によくこんな真似ができるよ。
芸人がやったことであっても、容認した責任は負う。
▲は責任者じゃない、と言うのなら「座長」なんて言わせるな。

もうね、何回目なんだろ。呆れ果てるのは。


冗談なら自分自身や身内の葬式ゴッコをされても楽しい、笑える、っていう人は、勝手にやってくれ。

いくらなんでも酷いよね?と思える人は、自分で考えて、できることがあればすべきだと思う。


あっちもこっちも光一頼み。
一体なぜ▲ソロステージで光一の名前が頻繁に使われる?
ましてやネタにされなければならない?

光一を取り合う仲(苦笑)で、互いに嫌な思いをしている。

そんなに▲は光一が必要なのか?

だったら、少なくとも光一ファンがムカつくことをするなよ。
葬式ゴッコやったらムカつくだろ?激怒するだろ?
それが想像できないほど呑気なG界隈じゃなかろう。

やりたい放題やって、光一ファンが怒って、そんなに怒るのは理不尽だと▲ファンが反撃し、ネット上で騒ぎになり…▲はそんなファンは不愉快だ、争わずG派になれ、と。アハハ、元凶が一番エラソーなこと言うんだぜ、たまらんよ。

延々延々、20年も続く戦争だよ。不毛だが終わらない。▲が終わらせてくれない。


光一ファンが疲れて去るのが望みなんだろうな、と思う。

だから、負けるもんか!と誓うのみ。

みんなが負けないよう、祈るのみ。


ホントに、みんな、負けるな!!頼む!!


こんなことばかり繰り返されて、みんな疲弊してると思う。

そして、これ以上Gが続くなら耐えられない、もう光一から離れようかと…。僕はそれが一番嫌だし、誰かの目的なんだと思うと、悔しくてならない。


とにかく、今は負けないで、新しい何かが始まるのを待とう。

どんな真暗闇でも、暗雲の上には月が輝いてる。

黒い雲を、自分の心に招き入れてはだめだ。

雲を払えば、必ず月光は僕らに降り注ぐ。


みんなで、月が輝く時を待とう。


土曜日は満月。

遥かな月に願いを込めながら、月光浴をしよう。




1501回目の幕が開く

1501回を迎える開幕の前夜。

堂本光一の長い長い旅路と、ともに歩んだファンの旅路を思う。


大阪公演・福岡公演の開催、本当におめでとう!!


昨年地方公演が無かったことの意味が、僕自身チケット全滅という結果となって現れた。←号泣
gomaも同様で、僕ら2人は梅芸には行けないのだ。はぅ。。。

博多座は何とか1公演だけ(goma名義)ゲット。
つまり僕は完全なる全滅男なのだ、もう最低である。

まあ来月を楽しみに生きていきまする。くすん。



日経エンタテインメント10月号。

タキツバの活動休止が発表され、まさに明日の舞台開幕と同じ日に先輩グループから3人が退所するというタイミングだったので、光一が所属するGの不思議さも感じながら(笑)読んだ。

20周年の怒涛のキャンペーン…その中心となり、おそらく円盤化も予定されていたであろうイベント『Party』が、あのような形になったこと。
あの形に決まり、そして参加したファンの多くにとって素晴らしかったと言えるものに作り上げるまでに、どんな戦いがあったか。

思考と嗜好と志向が全く異なる2人のグループにとって、ものを決定するとはどういうことなのか。

光一が光一でなかったら、あのGは、あのPartyは、どんなコトになっていたのか。


タキツバがきちんと話し合って活動休止という結論を出したのか、不仲ゆえにやって行けなくなったのか、はたまた事務所批判をしたと報道されたメンバーがペナルティを課されたのか。

先輩グループの真実も、僕らには知りようもない。

光一のGも今後どうなっていくのかわからない。

ただ思うのは、あまりにも大きな不協和音と、それさえも抱え込んで走り続けられる、光一の圧倒的な人間力である。


光一のGは、2人して互いを斬り合うような関係で、女性にはどう映るかわからないけど、僕の目には実に剣呑な関係性に見える。
男同士でGを見ていると「おいおい!」「マジか」「大丈夫か」という反応になるんだよ(笑)

関ジャムでの話もスゴかった。冷や汗が出た。

光一は『愛のかたまり』というB面の曲を、A面への「反骨精神で作った」と語り。当時、A面曲を自分ドラマの主題歌としてシングル化した人間を隣にして。ひぇぇ(笑)

隣は隣で、歌を合わせるために声を細くすることもある、と。ん?レベルを下げてると言いたいわけ?と誤解されかねない言い方を、いつものように呟く。

2人とも無邪気に正直に話してるだけなんだろう(笑)

でも、なんちゅーバトルだよ?と男どもは肚が冷える。
仲間と映像見てると「この2人大丈夫なん?」と何度も訊かれる。

うん…なぜか不思議な関係なんだよこの2人は。


剣豪は斬り合う相手と斬り合うからこそ深い関係性に至る。

喧嘩はせず、目に見えない剣で斬り合って来た2人は、複雑怪奇に傷を負う間柄でもあり、互いに互いしか見えない、依存する間柄なのかもしれない。

だから互いを離れ、別の仲間との関係では息が楽になる。

2人でいる時の、馴れ合いとは程遠い緊張感は、男には痛いほど感じられるんだけどな。
ヒリヒリして、でも長い付き合いだから、かわす術も知っている仲。
どんなことも、笑顔でかわしてみせられる経験値。

こんなに合わないのに、こんなに頑張って。ホントに泣ける。って感じ。


光一の、嘘をつかない・事実だけを話したい、という人間性が、日経エンタの連載に表れていて、物事が曖昧に堕してしまいそうな時、この連載があって本当に良かったと思うのだが。

しかし、2人の違いが白日のもとに晒され、どんな罰ゲームなんだよ?と、光一のソロファンとしては穏やかでいられなくなるのも確かなのだ。

ホントにさ、光一にとって何の罰ゲームなんだよ、このGは。


いや、Partyを成功に導いたのも光一だけど。

ファンを楽しませたい、とお通夜Partyになるところを救ったのも光一だけど。

突然の病を得た同僚を精一杯励まし保護したのも光一だけど。

20周年の誇りと実績を、スタッフとともに守ったのも光一だけど。


光一があのGでいる意味は…守護神であることなのか?

あらゆる仕事を通じて大きくなる男の見本を、僕は光一に見るわけだけれども、ソロの光一のステージがいかに凄いか、いや凄まじいかを知っているからこそ、光一の100%を出し尽くし表現し魅せてくれる場所が光一の居場所じゃないのかと言いたくなる。

Gだって無駄とは思わない。素晴らしい実績や楽曲を生んでいる。若き日の光一が作り上げたコンサートが素晴らしかったことも知っている。

しかしGは変質した。


これからも、Gの守り人として、光一は自身を捧げていくのか、ファンのために。
ただ感謝する心だけを持って。
ひとつの仕事をする、それだけを褒美として。


僕は社会人として、あまりに心深く、同時に有能な堂本光一という人を、尊敬せずにはいられない。

報われないのに頑張るか?!と歯噛みしたくなる時があっても、ああ、光一という人は、ファンの笑顔、スタッフの献身、仕事をやり切った充実感を、何があっても確実に感じ取れる人なんだ、そしてそれだけで幸せだと思える人なんだ…と。光一が幸せなのだから、それが彼の報い、報酬だ。

至らない自分を基準に、光一を測ってはいけない、と反省する。


ファンとしては時にツライ気分になっても、光一の大きさに触れると、どんな判断も彼の判断なら間違いない、ついていくだけだ、と心の底から思う。

そう思える人、それが堂本光一なんだから、仕方ない(笑)

ファンになったこっちの負け、である。


なんてことを思った、梅芸初日の前夜。
僕らの前夜祭だ。



さ、新しい幕が開く。

1501回目の乾杯を、みんなで!!





まだまだ続く夏

前の記事の冒頭に書いた台風が、まだ東海地方にいるんだが!
日本上空に何日目?!

大丈夫〜?
今夜から明日にかけて、関東甲信越、東北へと移動するらしいけど…長いなぁ。
進路に当たる地域の皆さん、どうかご無事で。

これからまだまだ台風の季節が続くと思うと…大変だけど、ここで生きていくしかない僕らだもんな、仕方ない。せめて被害を受けない、少なくするための方策が肝心だよね。

自然災害も人生(笑)も、災難を無くすのが無理なら「減災」をめざすしかない。互いに頑張ろう!


先に質問された件について。【7月13日付記事のコメント欄】

質問(要旨)は以下の3点。

①Gでの合作について、光一が急に同意した真意は。

②20周年関連を乗り切った光一への事務所の優遇はあるか。

③井上芳雄氏との共演への「高い壁」とは何か。


以下、光一の同僚氏については便宜上▲で表します。



うん、あんなに嫌がってたのにね(笑)
Partyの場で提案したのは、ひたすら「今▲ができることは何か」を考えた結果、負担なくできる唯一の音楽活動が作詞だから。これに尽きると思う。

合作より提供曲で、多面的な存在でありたい、というのが光一の考え方。そこを曲げてまで、今の▲に可能なことをやってもらいたい、やらせてあげたい、と思ったんだろうね。
今回は堂島孝平氏との合作にもなるし(あえて3人の共作にしたと思うよ)、何とか▲への励ましになれば、という思いで。

どんな困難に際しても、可能な範囲で最善は何か?を常に考えている光一だから、病室でもできる唯一のこと=作詞、を▲にフッたんだよね。

目の前にある「Gの20周年」に全力を尽くしたわけで、G活動に積極的になるというのとは違うと思う。

周囲がいかに20周年盛り上げに動いてくれてるか、1人で対応してみて、改めて感じたんだよね。だから、今回の事態になって痛感した自分を「悔しい」と言った。
本来ならもっと感謝すべきだったことに、1人になることでやっと気づいた…という、まあ光一が謙虚だからこそ言える言葉なんだけどさ。

その恩返しと、▲への励ましの気持ちが爆発したPartyだったわけで、光一はGならG、ソロならソロで全力投球なのは、これからも変わらないよ。



あらゆる番組を1人出演で乗り切ったよね。出演が重なる程に明らかに疲弊してた(泣)

でもさ、Gって連帯責任だと思うよ。←事務所の感覚で(笑)
何人Gであろうと、1人が欠ければ他のメンバーでフォローする。
2人なら、もう1人がやるしかない。
ある意味で光一は当然の働きをしたわけで、事務所的には「光一がいたからこそ!」なんて思わないだろな。
事務所としてもかなりの人員・労力を割いての20周年記念だったはずなので、まあハッキリ言って、Gが事務所に迷惑をかけた、という感覚もなくはないかと。

僕は逆に、▲には仕事のハードな重なりは禁物だろ?としか思えないので、今回のスケジュールに無理があったのだと、事務所側に物申したい気分だけどね。
これまでも何度か不調になってるけど、必ずG活動メインの時だよね?ソロなら調子悪くならないし、そのためにハードな日程にしないよう配慮してるはず。

20周年だからって、無理な人に無理させたらダメだろう。

だけど、事務所は最大限Gを尊重して、祝ってあげたつもりだろな。
こんだけやってあげたのに何なの?って声が聞こえるような(笑)

だってさ、一連の流れの中で事務所が矢面に立った場面がひとつでもあったか?
▲の病状について説明したのは光一だけ。
公式な病状のコメントは、いまだに1回も無いと思うけど?
普通、主治医の説明付きで会見なりFAXなり、あるべきじゃないか?

▲の説明も一面的なので、きちんと主治医の説明があった方がファンも世間も安心できると思うけどな。

病名と入院の発表があって、光一がTVで数回説明、その後半月ばかり過ぎて、ようやく本人もJ-webで病状を語った。

他には何も無しだよ?

どんだけ光一頼みなん?

もんのすごいタレント任せな事務所だよね(笑)

こういう事務所において、頑張ったご褒美に光一を優遇して、ソロ活動もやらせてあげましょ、なんて思わないね多分。

光一ソロは、ファンが要望してようやく叶うもの。そう決めていた方がいい。

だから、今は光一だってソロの音楽活動は考え難いだろうけれども(▲が復帰しない限り自分のことなんて考えないよ光一は)僕らファンは、いつでもソロコンサートを待ってるし熱望してるってことを伝え続けないとね。



まあ、一番の壁は事務所間の調整、互いのスケジュール調整だろうね。
あと互いのファンがどう反応するか(笑)
僕が井上氏のファンだとしたら、堂本光一との共演とな?どうやったってチケット取れる気がしない、ヤメテくれ〜!かも。あはは

歌唱方法の違い、ダンスや演技の質、身長差(笑)…もうね、何もかも異なる2人が、それでも互いに何かやりたいと願ってる現実が尊いと、僕は思う。
本気で互いにリスペクトしてるんだよね。

そして僕は、この2人がやろう!とGOサインを出すことなら間違いないと確信してる。やってみたけど失敗でした、というものは、少なくとも光一はGOサインを出さないし、絶対に成功させる人だから。

井上芳雄氏、僕は個人的にはルドルフとトートしか拝見してないんだけど、近年の充実ぶりは素晴らしいと思っている。
何より舞台姿に大人っぽい気品があって、同級生とはいえ、彼と一緒だと光一は弟ポジションに見えるんだよね。これは非常に珍しい感覚(笑)

そんな2人の作り出す化学反応、見てみたいな。

やるとしたら海外ミュージカルの日本版かなぁ?
光一は『Kinky Boots』を演りたかったんじゃないかな〜(笑)と思った時もあったけど、色んな絡みがあるからね、今後に期待しておく!


みささん、大した答になってないけど、今のところはこんな感じで思っています。

質問してくれて(笑)ありがとうございました。



さて、えーと…下の記事のコメント欄に投稿してくださった皆さん、本当にありがとう。

皆さんのお気持ち、痛いほど受け止めております。


批判のご意見をくれた人も、ある意味当然の反応です。

同じ現象が、立ち位置の違いでどう見えるかを教えてくれています。

しかし、僕の文章が彼女に理解できないように、僕もなぜ▲が、「20周年をお祝いしようとしてくれたのに、こんなことになって申し訳ない」とか「光一にも大変な迷惑をかけて…」とかを一言も書かないのか、意味が理解できない。

逢いに行けずにごめんなさい、って言葉だけで十分か?大人として。
自分のファンへの配慮はあるけどね。

どう考えても難しいよ、自分のために余分な苦労をしている同僚がいて、発病以来初めてコメント出すという時に、同僚や周囲への感謝を一言も書かないなんて。
そんな精神構造が意味ワカンナイ(笑)


光一は、みんなが楽しまなければ▲も楽しめないよ!と。
大変な事態だけど、お通夜にしたらアカンと一所懸命。
当然の如く、▲の存在を忘れていない。忘れて書く方が難しいだろ?

すべてに対処した光一に、一言あってもいいんじゃないの?違うか?
光一は「オレ様への礼が書いてない」なんて夢にも思わないが、ファンは違う。
だから、光一の名が無い=光一ファンを無視してる、ってことになるんだよ。

でも彼女のように擁護できる余地は必ず残してる。巧みだよ、もちろん。▲とそのファンは二人三脚だ。同じ道を歩いてる。

光一ファンが光一とは無関係なところでキリキリしなきゃならないのとは別世界だ。


僕ごとき1ファンが書いたことにさえ腹が立って、縁もないブログのコメント欄に書き込まずにいられないんだろ?

光一ファンは20数年、当のタレント本人から、同じ目にあわされ続けてるんだよ。

彼女のような人は、政治家がどんな失言しても、疑われるような行動しても、全力で庇うんだろな?
そんなことは無い!無いったら無い!って(笑)

彼女に支援される政治家は幸せだ。


ともかく、▲がするようなことを、光一はしない。逆もまた然り。そういうGだから魅力を感じる人、耐えられない人、両極端に分かれるのは仕方ない。


光一ファンは鍛えられ、強くなったけれども、傷は深い。まだ血を流すことも多いだろう。

だけど、自分の傷が痛む時、他人の傷の痛みにも、思いを馳せてほしい。

僕は光一ファンが大事だから、あえてこんな文章を書いているけれど、同じ傷は誰のファンであろうと身に受けてほしくない。

だから光一ファン以外の人はここを読むべきじゃない、ほんとに。
その選択は自由にできるのだから。


光一は、深く優しい人。嘘のない人。

倒れた仲間を助けないなんてできない。ましてや任された仕事を半端な態度でやるなんてことは。

だから、今回は全力で闘ったし頑張り抜いた。

未満都市を視聴した時、光一が生徒達に頭を下げたシーンがあった。あれは演技だとしても、光一はいつだって何度だって、こうして頭を下げて来たんだよな…と胸が一杯になったよ。

頭を下げるイメージが、すごく重なった。

何もかも引き受けるのが光一なんだ。
全部自分が引き受けて、端然と立つのが光一なんだ。


そして今は、小休止を挟んで、もうEndress SHOCKのことに集中しているに違いない。
昨年叶わなかった大阪・福岡公演へ、真っ直ぐ前だけを見ているに違いない。

さあ、僕らも前へ、前だけへ!!



プロフィール

kaito

Author:kaito
日本が誇るべきエンタメ界の宝・堂本光一の表現を楽しみ、仕事人として尊敬し、その人柄を愛するkaitoと申します。
社会人として人間として、目標となる堂本光一の背中を見つめながら自分も成長したいと願う男子のブログです。

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